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ビアンキカップへの道’89

ビアンキ カップへの道 89 No.08


【宿敵】

ヤスのミス・ヨーコのクリーン

ムーバーを撃ち終えるやいなや、イナバと二人してフォウリングプレイトのステージへと急いだ。
ぼくたち二人が撃ったムーバーのステージとプレイトのステージとは少し離れていたため、まったく情報の入ってこないヤスやヨーコがどうなっているのか気がかりだった。
試合前に発表されたスケジュールどおりに進行していれば、慌てなくても、ヤスやヨーコのプレイト撃ちが最初から見られるはずだ。ところが、雨のためにスケジュールはムチャクチャにされ、ほとんど同時に、ぼくとヤス、ヨーコが撃つことになってしまっていたのだ。
あのふたりなら何も心配はいらないが、とにかく、日本人が初めてプレイトをクリーンする瞬間を見たかった。
プレイトのステージに駆けよると、ヨーコが、15ヤードから20ヤードラインまで、プローン用のマットを引きずりながら移動しているところだった。ヤス、テツヤ、イチローさんの顔が見られる。
“ここまでは問題ないだろ?”
ぼくは小声でヤスに聞いた。
“ミスなしできてる。でもここからが大変だけど”
ヤスはヨーコを見つめたまま、こちらには顔を向けずに答えた。その瞳は、祈るようであった。
“ヤスはどうだった?”
ヨーコのひとつ前のグループで撃っているはずなので、ヤスがどれくらいの記録を出しているのか知りたかった。ヤスならば100枚はいける。
“1枚ミスった”
ヤスは短く答えた。
“えっ‥‥?”
ぼくにはヤスの言ったことの意味が判らなかった。
1枚ミスったとはどういうことだ??
“1枚はずした。47枚だった”
ぼくの心中を察したのか、ヤスが、そうつけ加えた。
1枚はずした‥‥。あのヤスが‥‥。
何が何だか判らなかった。ヤスが外すことなどあるものか。これは絶対に変えられない事実だ。
<ヤスのバカげたジョークか? それとも‥‥。>
頭の中が真っ白になった。
そばにいたテツヤに聞くと、ヤスは47枚目にプレイトのすぐ下のバーを撃ってしまったと答えた。
不意に胃が痛みだした。

しばらくボンヤリとしていたのか、ハっとして前を見ると、20ヤードラインに立って両手を上げているヨーコの後ろ姿があった。凛々しく、無理がなく、優しくもあった。
ぼくもみんなと一緒に、ヨーコのプレイトクリーンを祈りつつ見守った。
ボワァーン!
実にそんな感じの間の抜けた合図音が轟くと、ヨーコは勇敢にプローンに入った。そのスピードは、並んで撃っている4人のシューターたちの誰よりも速く、それでいて静かだった。
<スピードは速いが決して荒々しくはなく、空気の流れも乱さずに伏せる>
イチローさんの編み出したプローンテクニックを表現すると、そんなふうになる。が、それを完璧にマスターしたものはヤスしかいない。ヨーコですらまだまだというレベルだが、それでも、圧倒的に巧いプローンだった。
ヨーコはリズミカルに撃っていった。後ろでジッと見ていると、何だか練習のような気がしてくる。
長い長い練習だった。終わりが見えない練習だった。
楽しく、つらく、そして懐かしく思い出された。
ヨーコのシューティングには淀みがなく、迷いも感じられなかった。自分のシューティングをしている。
20ヤードを撃ち終えたヨーコは、最後の25ヤードラインまで退がった。ラストの12発だ。この12発でクリーンできる。プレッシャーは感じているのだろうが、すごく淡々としている。やっぱりヨーコはすごい。普段はどこにでもいる普通の女の子だというのに、ガンを撃ちだすと光り輝く。
こうなれば心配はない。ヨーコならばいける。
最後の、25ヤードからの12発も、少しも危なげなかった。きれいに撃って見事に倒した。
最後の1枚をヒットした瞬間、大きな歓声がおこり、ヨーコも両手を高々と上げて喜びを表わした。握手を求めるものが多く、ぼくもその中のひとりに加わった。
ヨーコは最高の笑顔をみせた。


プレイトとの勝負

60発ほどの弾を用意して、ぼくはプレイトに臨む。
ついにプレイトと戦うことになる。
この48発のために日本を後にしたのだ。
そう考えると、この半年間のことが思いだされた。
自分の人生に疑問をもったこと。
苦労して350万円作ったこと。
仕事をやめてアメリカへ渡ったこと。
動けなくなるまでプローンの練習をしたこと‥‥。
遠い過去の話にも思えるが、それでいて、昨日の出来事のように鮮明に浮びあがった。

ジャリの敷きつめられたレンジを歩いて10ヤードラインまで歩くとき、冷静でいられる自分に気づいてびっくりした。 
両足はしっかりと大地を踏みしめ、かすかに流れる空気の向きも、となりのレンジから聞こえてくる連射音も聞き分けられていた。
<心配したようなプレッシャーはないじゃないか。これなら強く撃てそうだぞ>
そんな気持ちで10ヤードラインに立った。
ビアンキカップ出場が目的とはいえ、真の目標はプレイトクリーンだ。当然、想像を絶するプレッシャーに襲われるものと覚悟していただけに、落ち着いていられる自分が不思議でならない。
ホルスタからガンを抜き、サイトピクチャーをとり、弾を込めるとき仲間の顔が思い浮かんだ。
“撃ち出したら隣のシューターのペースにつられるなよ。マイペースだぞ。いいな、ケン”
イチローさんは、そうアドバイスしてくれた。
“去年のイナバはな、プローンになってもプレッシャーでガンがブルブル震えていて可哀相だったな”
と、ヒロさん。
“シューティングラインに立ったらさ、アレ〜っていうくらいプレイトが小さく見えてさ、これじゃ当たんねえよって思ったな”
 は、イナバ。

<よしっ!>
ついに ―――― 、撃つ!
何としてもクリーンしたい。だが、神に祈ろうとはしなかった。
「自分の進むべき道は自分の力で作り、神もふくめて他人にすがってはならない」
やっと、本当にやっとそう思えるようになった。
アメリカでの4ヶ月間は、ケンを少し成長させたようだ。
<ていねいに撃とう。ここまで来たからには、何としてもクリーンだ!!>
正直な、すなおな叫びだった。
ぼくはイチローさんの教えを受けた。これはシューティングに限ったことではなく、家族もふくめ、アメリカでの生活を助けてもらった。有形無形の限りない恩を受けた。
受けた恩は金額では表せないが、たとえ表せても、決してお金を受け取らないイチローさんに対してできる恩返しは、一つしかない。
その教えを吸収し、プレイトもクリーンし、人としても成長して役に立てるレベルまで自分を高めることだ。


真ん中を狙って撃つ!

ガンをホルスタに入れてハンズアップの姿勢をとった。
心は凪(なぎ)のように静かだ。
相変わらず周りのようすがハッキリと判る。
隣りのレンジでガンを撃つ音。
右側から流れてくる空気。
足の裏のとがったジャリ。
何もかもが、手に取るように見えていた。
一瞬、時間の流れさえも肌に感じた。
その刹那、過去に、イチローさんから授かったプレイトクリーンのための術(すべ)が脳裏をよぎった。
“真ん中を狙って撃つべし!”
<もう、ジタバタしたって始まらない。基本どおりに撃つだけだ。さいわいプレッシャーもないし、プレイも大きく見える。やるんだ!>
ハンズアップの姿勢で待っていると、あの、間のぬけた合図の音が耳に飛びこんだ。
と、同時に、6枚のプレイトをロックしていたバーが横にジャキーンと動くのがスローモーションで映った。
6秒後、このバーは元の位置に戻り再びプレイトをロックする。オーバータイム後に弾丸がヒットしても、プレイトは倒れないという仕組みだ。
ぼくは音に反応してガンを抜き、目の前に並んだ6枚のプレイトを撃った‥‥らしい。
というのも、音を聞いたあとの記憶がまったくないのだ。気がついたときには、目の前のプレイトはすべて倒れていた。
<な、なんだ? 今のは何だったんだ?>
自分でも理由が判らないままに、空薬莢を捨て、新しい6発の弾をシリンダーにつめた。
ハンズアップ。そしてブザー。
そのとき、またしても「無」の世界に引きずりこまれた。我にかえったとき、目の前の、6枚のプレイトはなかった。
<こ、こんなバカな!>
自分はガンを撃っているのか? それすらも判らない。
何しろ、発射音からしてまったく聞こえないのだ。
<これは何かの間違いだ。こんなことがあるものか‥‥。よし、次はしっかりと自分を観ながら撃ってやるぞ>
15ヤードラインまで退がり、ガンに弾を入れ、ここでもハンズアップの構えをとった。
3度目の合図を聞いた。そして気を失った。
気がつくとマットの上でプローンの姿勢を取っている。ガンを構えてはいるが6枚のプレイトはなかった。
どうやら撃ち終えた後らしい。
“ ?・?・? ”
結局、15ヤードでも何も判らないままだ。
<なんだ? どうなってるんだ?>
続けて20ヤードも撃つが、相変わらず射撃音も聞こえず、自分のガンも見えない。ただ、赤い点と1枚のプレイトが記憶の隅に残っていた。
トリガーを引いた覚えがない。手のひらに感じるはずのリコイルショックもあったのかどうか‥‥。ましてや、隣のシューターがガンを撃つ音など聞こえるはずもなかった。
アガっているのか、それとも完全なる集中のためか。エアガンを撃っているときにも別の世界を感じたことはあったが、それとはまた違った、別の次元に魂があった。
25ヤードまできても、まだ「夢気分」だった。
そんな状態のまま最後の6発をむかえた。
特に何かを考えはしなかった。
<もう終わるんだなあ‥‥>
と、他人事のような気持ちでしかない。

ハンズアップの姿勢で、最後の、8度目の合図を聞いた。身体は、意思とは関係なしにプローンに入り、右端からプレイトをなぎ倒した。ここでもまだ、魂は身体の外にあった。
1枚、2枚、3枚‥‥。
プレイトが倒れるたびに、ぼくにとっての「歴史的瞬間」が近づいているというのに、感情が存在しなかった。

それは、5枚目のプレイトが倒れた瞬間におこった。
未知の世界と現実との衝突だった。
肉体に魂が呼びもどされ、「48枚目のプレイト」を全力で撃てと命令した。
タップリと時間をかけ、「最後の1枚」に、自分の想いのすべてを託した熱いブレットを叩き込んだ。
宿敵であったプレイトは、ひとたまりもないといった姿でひっくり返った。
<やった! やった!! やったー!!!>
心のなかで叫んだ。
振り返ると、わずか2メートルうしろには、喜ぶテツヤとイナバの顔があった。
その横には、両手を広げて跳びはねるイチローさんがいた。

to be continued


戻ります。
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