“ケン、背番号をつけてくれよ”
試合会場へ出向くため、ガンや弾を用意していたぼくに、イナバがそう言った。
午前4時40分。
イチローGUN団はいっせいに飛び起き、ウーロン茶などすすりながら出発の準備を始めていた。ガン、ベルト、ホルスタ‥‥。イヤマフ、帽子、弾‥‥。必要なものを、ひとつ一つ確認しながらバッグにつめていく。わずか3時間後にはビアンキカップの会場である、チャップマンアカデミィのレンジでガンを撃つ。
今までの練習の成果を試すために。濃縮された時間の中で人生を燃焼させるためにトリガーを引く。
眠りにつくまでの、あの、せっぱつまった精神状態からは脱出しているが、何をしでかすかわからない雰囲気は感じていた‥‥。
“イナバの番号は104か。ワシは105だから番号は負けたことになるなぁ”
そう、ぼくが言うと、
“番号どおりの成績が出るとしたら、今年は去年よりも落ちるってことジャン。去年は91番だったから”
と、2年連続出場のイナバは少し先輩風など吹かしながらそう言い返し、さらに、
“でも変な番号のためにクイ(91)が残っちまったからなぁ”
と、イナバ流のダジャレを飛ばす。
“クイが残る‥‥か。だったら今年はどうなるんだ?”
背番号をつけ終えたぼくはイナバに聞いた。
“104だからなぁ‥‥。トホーにくれちまったりするかもなぁ”
笑いながらイナバはそう答えたが、瞳は、しっかりと目標を見据えている。まさに勝負はこれからだ。
マクドナルドに集合し、軽く朝食をすませたのが6時30分。下村夫妻の顔も明るい。誰も彼もフッ切れたのか、もしくは諦めたのか、空気は軽い。
30分ほどドライブして、試合会場のチャップマンアカデミィについた。
午前7時。
まだ、人はそれほど集まっていない。空は雲もなく、ただただ青い空が広がっている。朝も早いためか、シューティングレンジは赤みの混じった光によって浮かび上がっていた。
5月下旬だというのに午前7時でも太陽が低い位置にあるのは、アメリカが圧倒的に大きく、そのため国内で4種類の時刻を持っていることと、夏時間を採用しているからだ。
気になるプラクティコゥのレンジを見ると、完全に日陰の状態だった。太陽はシューターの背中に位置するとはいえ、背の高い木立にさえぎられ、その光がターゲットまで届いていないのだ。
光の有無は、ターゲットの見やすさ、狙いやすさを大きく左右する。射撃に安心感を持たせてくれる。
<あと45分ある。陽がのぼってターゲットを照らしてくれるのを待つしかないな。ダメなら、それはそれだ>
そう思いながらも、心の中では祈った。
7時30分。シューティングレンジに轟音がとどろいた。試合が始まったのだ。
ぼくは7時45分スタート組なので、いつでもガンを撃てる用意をし、ベンチに座って待っていた。
プラクティコゥでは、最長50ヤードの距離からターゲットを撃たされる。つまり、その後方に設けられているウエイティング用のベンチからターゲットまでは、70ヤードほど離れている計算だ。
それほどの距離を持ちながらも、10点リングどころか、そのまた内側の小さなX(エックス)リングさえもハッキリと認識できる。ターゲットに対して斜めから陽があたるとき、ビアンキ ターゲットはもっとも撃ちやすくなる。
というのは、ビアンキ ターゲットは、紙の上に黒丸が印刷されているわけではなく、ダンボール製のツームストーン(墓石)の中に、ミシン目で円が描かれているためだった。作りの関係上ターゲットの表面にはわずかに凹凸があり、斜めから光が当たるとクッキリとリングが浮き上がるのだ。
「最高」という言葉でシューティングレンジが埋まりそうなコンディションだが、光がきれいにターゲットを照らしているのは右端のシューターのものだけで、左端は2枚のターゲットが日陰となり、中の二人のシューターたちに至っては、木漏れ日がチラつくという最悪の状態であった。
<ベストコンディションで撃てる確率は4分の1か‥‥。撃ちたい。なんとしても右端で!>
心の底からの切実な叫びだった。
7時45分。
マッチオフィシャルが、
“105番は右端で撃つように”
と、ターゲットを指しながら告げた。
<やった! いけるっ!!>
プローン用のマットを引きずり、砂利の敷きつめられたレンジを10ヤード(9m)ラインまで進む。
ビアンキカップは4つのステージで構成されており、プラクティコゥはその中のひとつだが、見ていて、少しもおもしろくないコースだ。
バリケイドは物凄い連射をするのでカッコいい。
ムーバーは動く的を撃つので派手だ。
フォウリングプレイトはエキサイティング。
しかしプラクティコゥには何もない。観るものにとって、地味で退屈にさえ思える。しかし‥‥。
ターゲットを目の前にし、サイトピクチャーを確認してからシリンダーに6発の弾を込める。その弾は、ミッキーのレンジで特訓した最後の日に、1発1発作ったものだ。
指先が震えることもない。アガッていない。右後ろには、カメラを手にしたイチローさんがいる。
<ああ、ここまで来たんだ>
ついにビアンキカップでガンを撃てる。それだけで満足だった。あとは、練習のようにトリガーを引くだけだ。
ハンズアップの構えをとり、ターゲットを睨みつけた。X(エックス)リングがクッキリと見える。
<よしっ!!>
並んだ4人のシューター全員がハンズアップの構えを取ると、身体を震わせるほどのブザーが鳴った。同時に、横を向いていたターゲットが勢いよく回転し正面を向いた。
少しも焦らず、スーッとガンを抜き、目の前10ヤード先に並んだ2つのターゲットに1発ずつ撃ち込む。3秒の待ち時間だが、2.5秒で終える。その2発は、どちらも自信をもって10点リングに穴を開けた。
<こんなもんだ。ビアンキカップといったって、少しもビビることなんてない。ラクなもんだ!>
続く射撃は4秒間に2発ずつの計4発と少し忙しくなるが、X(エック)スリングを狙って撃った。余裕があった。
<これがビアンキカップか? なんてラクなんだ? これなら、バカでも素人でも撃てるじゃないか>
新しく6発の弾を詰め直し、ハンズアップに構えた。
ラクな勝負だ。楽勝、らくしょう。
3度目のブザーが鳴った。右手でエイムポイントをつかみホルスタからガンを引っ張り出すなり、左手でグリップを握った。左手のみでガンを支えて撃つ。
8秒6発。ウイークハンドオンリー。
赤い点をターゲットに合わせ‥‥。
<ぐがっ! あ、合わない!! 止まらないっ!!!>
ブルブルと震える左腕は小さな赤い点に方向性を与えられず、的の中を、外を、縦横無尽に走らせた。
<ば、ばかなっ! アガッているとでもいうのか!?>
必死だった。過去に経験のない震えだった。
トリガーはプレッシャーで引けなくなった。
1秒‥‥。2秒‥‥。
時間は無情にも過ぎていく。
<く、くそ〜。これがビアンキカップだったか!>
まともに狙えず、いや的も見えずに6回トリガーを引いた。3発は10点リングを外し、うち1発は5点に飛んだ。
“‥‥ ‥‥”
ビアンキカップの恐ろしさが脚から頭に抜けた。
指が震えだし、弾が詰められない。
<15ヤードからはプローンだ。少しくらいアガッていても撃てる! だいじょうぶだ!!>
イチローさんが完成させたプローンテクニックは、安定度、スピードともに他を圧する。まだまだ未熟で、わずか30パーセントもマスターできていないケンだが、そこらへんで見かけるプローン自慢のシューターたちが、オッタマげて声も出せない‥‥というくらいの技術は持っていた。
が‥‥、足の震えが止まらない。
15ヤード。
気持が落ち着くまえにブザーが鳴った。
ズシャッとプローンに入った。赤いダットをX(エックス)リングに合わせ‥‥まただ、またガンを握った両手が意思に関係なく震えてダットをコントロールできない!!
大地にベタッと身体を密着させているというのに、何たるふがいなさ。両目がかすみ、気も遠くなった。
だが、一度プローンで撃つと、その後は生まれ変わったように気も軽くなった。
初めてのビアンキカップで、上手く撃てるはずがないのだ。そう思えたことで、15ヤードの残り8発も、25ヤードの12発も冷静に撃てた。
そして、50ヤードは練習と同じタイミングでトリガーを引いた。
すべてが終わった。
ターゲットが集められ、採点が進む。
イチローさんも、のぞきにくる。
気になった、外したと思い込んだウイークハンドでの6発は、ラインカットのギリギリ セーフの2発を含め、6発全てが10点に入っていた。
外れたのは50ヤードからの1発のみで、結果、失点2という、奇跡的なハイスコアーが出てしまった。
天候に恵まれたこと、外したと勘違いして後半をリラックスして撃てたことが、好結果を生んだのだ。
イナバも、同じく失点2でプラクティコウを撃ち終え、テツヤは失点21となった。
残念なのは期待のヤスとヨーコのふたりで、射撃途中から雨に見舞われ、それぞれが、失点16と17でのスタートを余儀なくされた。
優勝を狙うミッキーとイチローさんは、共にバリケイドをクリーンし、2位と5位につけて初日を終えた。
to be continued