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ビアンキカップへの道’89

ビアンキ カップへの道 89 No.02

ビアンキカップの詳細・序章はブログで公開しています。

【敗北】

スタートしたアメリカ生活

 1989年1月19日。
予定通りアメリカの地を踏むことができた。
さかのぼること10年前の79年、ぼくは初めてアメリカへ行けた。あのときは、ただただ本物のガンが撃ちたい一心だった。誰よりもガンを好きだという自信だけを頼りに、単身、太平洋を渡ったのだ。今から考えてもよくやったと自分をホメられる。
ガンを撃ちたいというだけで大学は休学。英語は話せず、知り合いもない未知の世界へ飛び込んで行ったのだ。若かったというか、ムチャクチャと表現すべきか。よく言えば行動的だが、それよりも「猪突猛進」の方がぴったり来る。
が、それでも、明確な夢を持ち、目標を立て、それを実現したという事実は事実だ。
<どんな些細なことでもよい。他人からは狂人扱いされそうな夢でもかまわない。自分で立てた目標に到達できたとき、誰から与えられるのではなく、「自信」というものが湧き出し、身体を包む>
19歳のとき、それを知った。

 29歳になった今は1人ではない。細君と子供が一緒での海外生活のスタートだ。相変わらずムチャクチャなことを平気でしでかす性格だが、これは治るものではないのであきらめ、とにかく、1日も早く生活のリズムをつかみたい。そうしないと練習も思うようにできない。
そうだ。早く練習がしたい!
日本での生活を全て切り捨ててきたのは、ビアンキカップ挑戦のためなのだ。
ぼくたち家族は、イチローさんの奥さんの有子さんにアパートを探しておいてもらえたので、すぐ入居することができた。生活必需品も1日で集められたし、タロさんも、貸してくれることになっていた車を運んできてくれた。まったく、何の苦労もなしにアメリカ生活はスタートしたのだ。
これは一体どういうものなのか? 単に、「人脈」という言葉では解決させられない恩を受けている。
 何時のころだったか忘れてしまったが、
<いつかチャンスをみて、ぼくがイチローさんから学んだ「教え」を書いてみたい>
という意味のことを、記事中で書いた記憶がある。イチローさんからの「教え」を書き出すと、簡単に「連載記事」が成り立つほどの量になる。素晴らしいのは量だけではない。
どの教え一つ取っても、ぼくにとっては宝だ。
その中で、何よりも人生を大きく変えてくれたのは、
<ケンのようなゴミみたいな人間でも何かができる>
と感じさせる言葉だった。もちろん、イチローさんが、直接そう言ったわけではない。というか、イチローさんは、大事なことほど口には出さず、その人本人が自分で気づくまで待つことが多い。
 ぼくが今までにイチローさんから受けた恩は君たちの想像を越え、自分でも呆れる程だ。目に見えて計算できるものだけでも(ガンを撃たせてもらったとか、ゴハンを食べさせてもらったとか)300万円くらいになる。
もう常識じゃ考えられん。
それ以外にも迷惑をかけるばかりで何の役にも立たず、ただただ与えられ多くのことを学ばせてくれた。そしてまた、今回はぼくの家族のために手間を掛けさせてしまった。 今は厚意に甘えて礼を言うだけだが、いつかイチローさんの役に立てる人間になるというのが、ぼくの人生目標だ。

結果の出せない練習

 練習は、アメリカに着いた2日後から始められた。とにかく最初は数多く撃つことに重点を置き、毎日800発ずつ消費していった。ガンに慣れることが必要とされたため、内容よりも量で勝負といった感じになる。
本物のガンによる練習での疲労感は、エアガンのそれの5倍くらいだろうか。つまり、毎日、エアガンを4000発ずつ撃つような日が続くのだ。
本物のガンをバンバン撃つ練習なので日々が楽しい反面、目に見えての進歩は全く無く、10,000発撃っても何も判らない状態だった。プレイトは一度もクリーンできず、必ず1枚か2枚残してしまう。
 フォウリングプレイトというのは、ビアンキカップ4つのステージのなかで一番やさしい競技だ。見ていて少しも難しそうではないのに、なかなかクリーンできない。
10、15、20、25ヤードのどこかで1枚を残すことが多い。それも、どこという決まりはなく、10ヤードであったり、15ヤードであったり、20や25だったりする。途中で油断するか、ほんの少しでも気を抜くとパスッと外す。
 ここ、ピッツバーグ シューティングレンジで一緒に練習しているのはヤスとヨーコの2人だ。どちらも、すでにぼくよりも2ランクは上のシューティングを見せていた。
2か月半の差があるとはいえ、ケンと彼らとの腕前には、プロとアマチュア以上の違いがある。隣で撃っていて絶望感に襲われるといった開きなのだ。
2人は当然のようにプレイトをクリーンするし、バリケイドやプラクティコゥといった別ステージの練習も充分進んでいた。ビアンキカップまで残り3か月の段階で、彼らは、バリケイドとプラクティコゥを共に「失点10」前後に抑えている。これから仕上げていけば、きっと、それら2つのステージもクリーンできるようになるだろう。
それにひきかえケンは、プレイトはクリーンできず、バリケイドもプラクティコゥもまともに撃ったことがなかった。どちらも30点は落とす。
 始めこそ、“ガンが撃てて楽しいなぁ”なんて気楽に構えていたものの、1ヶ月が過ぎる頃から胃が痛くなり始め、余計なこともアレコレと考え出すようになっていった。
<本番でプレイトがクリーンできるだろうか? できなかったら‥‥>
そんな想像で精神を痛めることが、どれほどマイナスであるかは知っていた。しかし、成長が感じられない焦りは恐怖を生み出し、心に居座り、意気消沈させた。
ツライ日々だった。
エアガンのシューティングマッチでも感じる、あの、
「胃を内側からズタズタにされる痛み」が消えないまま、プレイトマッチ出場となった。

見えていない自分

 透明感のある青空が広がっていた。
シューティングマッチが行われるレンジは、日本人シューターもよく知っている「ISIシューティングレンジ」だ。イチローさんはもちろん、ヤスやヨーコも一緒に出場する。楽しいはずのレンジまでの道中は、屠殺場へ向かうウシかブタにされた思いで過ごした。何としてもプレイトはクリーンしなければならなかった。外す道理はどこにもないのだ。
インストラクターはイチローさん。腰のガンは文句のつけようのないカップガン。これでは外すほうが難しい。
 先にプレイトを撃ったヤスとヨーコは2人してクリーン。余裕のスタートだ。ぼくは2人のあとに撃つことにしたが、胃袋はとっくに破裂した痛みになっていた。
フト、振り返ると、イチローさんがプローン用のマットを敷いて寝そべり、ニカニカ笑いながら、
“さあ〜ケンさん、頑張って撃ちましょう”
と、エールを送ってくれる。
<思えば幸せなことだ。アメリカにまできて本物のガンを使っての試合に出られるなんて‥‥>
それを感じると、気分はグッと楽になった。
<いける! 真ん中を狙って、ていねいに撃てば必ずクリーンできるっ!!>
 不安は消え、目の前のプレイトも大きく見え始めた。
<イチローさんの見ている前でクリーンだ!!>
レンジオフィシャルの指示に従いリボルバに6発の弾を込め、両手を肩の上まで上げるハンズアップの姿勢をとった。
 ビーッ!
 タイマーの音を合図にガンを抜き、銃口を振り上げる。
赤いダットはチラチラと揺れ、直径8インチ(20cm)のプレイトの中をくまなく走り回った。
<だ‥‥ ダメだっ!>
バン、バン、バン‥‥。
6枚の的は倒れた。確かに倒れた。が、射撃は安定せず、4枚目のプレイトでは「カスリ撃ち」だった。
心臓が縮み上がる。喉がヒリヒリする。
自分で自分をコントロールできぬまま、次の6発も撃った。そこでも、やっと6枚を倒すという戦いだった。
プレイトは距離が遠くなるほど易しくなる。ていねいに、ていねいに撃てばいい。
15ヤード。
ここからプローンに入るため、多少アガッていても問題ない。落ち着けば充分に戦えるのだ。
何度か深呼吸を繰り返したぼくは、6枚のプレイトに神経を集中させながら合図を待った。
ビーッ!
音が耳に飛び込むと同時にザッザッとプローンに入り、慌てずトリガーを引いていった。
 1枚。2枚。3枚・・・。
<何とかいける!>
ダットは安定していた。無理もなかった。が、あろうことか、5発目にミス ファイア(不発)が出てしまったのだ。
もし、1発目か2発目のミス ファイアであれば、撃ち急ぐことで制限時間内に6発を撃つことも可能だ。リボルバはトリガーを引き続ければシリンダーが一周回って戻るので、ミス ファイアの弾をもう一度叩ける。それで発火することは多く、何とか間に合わせられる。
しかし、それが5発目では、どう急いでも規定の時間内に撃てるはずもない。ぼくにとって死刑宣告に等しかった。
結局、この1発がミスとして残り、47枚倒しの記録となった。

“47枚と48枚の差は、実力で2倍の開きがある”
 そう言ったのはイチローさんだが、全くその通りだと納得させられる。

試合が終り、その日の結果を自分なりに振り返り、敵も己も全く見えていない現状に力が抜けた。
ミス ファイアは少しも気にならなかった。それよりも10ヤードでの失態がショックだった。プレイトの端をカスリながら、やっと倒した4枚目の射撃が悔しい。
練習中の経験から<撃ち急がずに真ん中を狙う>と誓っていたが、どうして、適当な気持ちでトリガーを引いてしまったのか? 自信の無さか。それとも恐怖からなのか。プレイト クリーンは、10ヤードで失敗したのも同じだった。
何から何まで条件はそろっているのに、プレイトがクリーンできないのは単なる甘えでしかない。言い換えれば、本人にその気がないのだ。
<そんなバカな‥‥。本気でクリーンしたいと願っているのに‥‥>
 自分が情けなかった。
愛想もつきた。
ふがいなさに対して涙が流れた。
その反省は、試合のあったロサンジェルスから、7時間を掛けてアパートのあるベニシア市まで帰る途中のことだった。
トヨタのスープラをドライブするイチローさんは、何も言わずにブラームスのセクステットを聴かせてくれた。
「人類の文化遺産」といわれる名曲だが、ビアンキカップ本戦まで50日を切ったにもかかわらず、技術面はもちろん、精神的にも叩きのめされているぼくには、楽しむ余裕はなかった。
立ち上がれそうもないところまで落ちていった‥‥。

to be continued


戻ります。
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