1920年代、タイの農村地帯では、牛は農繁期を乗り切るための欠かせぬパートナーだった。何百頭もの牛を村々まで連れて行き、貸し出す事で収入を得る「牛飼い(ナイホイ)」という職業があり、その移動の光景は季節の風物詩となっていた。しかしナイホイにも色々な連中がおり、中には他人の牛を盗んだり強奪する等して暴利を貪る荒くれ者もいた。
そんな無法ナイホイたちに単身戦いを挑み、貧しい農民に牛を送り届ける覆面のヒーローがロケットマン(ダン・チューポン)だ。本名を隠し、孤独な日々を送る彼が胸に秘めた真の目的はただ一つ。幼い頃に両親を殺した「胸に刺青のある男」を捜す事・・・
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荒野を埋め尽くす牛の大群! それを率いる数十人の牛飼いたち。その光景は、そう、在りし日の西部劇そのものだ。もっとも、牛の形が少し違う。タイの牛たちの角は頭から横向きに、長く湾曲して生えているので、正確には水牛の近縁種なのだろうと思った。
そんな牛飼いたちの中に突然、何百発もの手製ロケット弾が打ち込まれる! さらに大混乱の只中に登場するヒーローは、麦藁帽子に覆面、そしてひときわ大きなロケットにナント! サーフボードよろしくライディング! 敵と見るや豪快なジャンプで飛び掛り、本格ムエタイ仕込みの膝蹴り100連発をお見舞い! という、見たこともないトンデモ・ヒーローの姿にいきなり驚かされる。
日本でタイ映画をメジャーにした一大転換点となった作品はあのトニー・ジャー主演の『マッハ!』であろう。CGはおろか、スタントマンによる吹き替え演技さえも拒否したその「本物の迫力」は、忘れかけていた何かを日本や欧米の観客に思い出させた。その後も『7人のマッハ!!!!!!!』、そして『トム・ヤム・クン!』と、タイ映画がこのジャンルでは安定した人気を誇っているのは皆さんご存じの通り。
しかし一方で最近ではハリウッドでの活躍目覚しいダニー・パン&オキサイド・パン兄弟の監督作品『レイン』や『EYES』、そしてタイの伝統文化でもある影絵の手法を大胆に取り入れた『怪盗ブラックタイガー!』など、じつはドラマ表現や感情表現でも優れた感性を見せている……というのが、タイ映画のもう一つの顔。